西郷隆盛が右手右腕を怪我した真実とは?子供の喧嘩の原因は?

2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』は超有名歴史人物である西郷隆盛の人生の生い立ちを描いたドラマです。

そのドラマの中で、子供の頃に西郷隆盛が右手右腕を怪我したというシーンがあります。

原因や理由は何だったのでしょうか?

ここでは、子供の頃に西郷隆盛が右手右腕を怪我した理由やその背景を探っていこうと思います。


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西郷隆盛が右手右腕を怪我した理由は?

さて、では西郷隆盛が右手右腕を怪我した理由を見ていきましょう。実は、いくつかの説がありますので、分けて紹介します。

暴漢に襲われて右手右腕を怪我した説

西郷隆盛が右手右腕を怪我したのは13歳の時の頃です。

天保10年(1839年)の時に西郷は藩の学校である造士館から帰る途中に、暴漢に襲われてしまい、右腕に怪我をしております。

襲ってきた暴漢は西郷隆盛が所属する郷中組織(5歳~20歳前後の若者が自主的に勉学を行う集団制度のこと)とは別の組織に所属していた者と言われております。

襲われた理由は正確には判明されておりませんが、西郷隆盛とは全く面識のない者で、何らかの恨みがあったと言われております。

暴漢は鞘のままで殴り掛かり、何らか勢いで刀身がむき出しになり、西郷隆盛の右腕を斬ってしまいました。しかし、西郷隆盛は刀を抜かずに相手を溝に叩き込んでそのまま帰っていったと記録されております。

相手を拘束し、捕まえないところの優しさは西郷隆盛らしいですし、その腕っぷしの強さはすごいですね。

友人の喧嘩の仲裁に入った時に右手右腕を怪我した説

月例のお宮参りに行った時に、西郷隆盛の親しき友人と他の郷中の者が喧嘩をし、仲裁に入った時の怪我と言われております。

他の郷中の者が抜いた刀が西郷隆盛の右腕の神経を切ってしまいました。

西郷隆盛は非常に人情味がある性格だったため、争い事や喧嘩があると、仲裁せずには入られない人物だったのかもしれません。

この時に、西郷隆盛の右腕を切った相手がどうなったかは定かではありませんが、郷中の教育のルールでは、「抜いた刀は鞘に納めてはならない」「切ったなら裁きを受けずに自殺せよ」という掟がありましたので、相手は切腹をしたのかもしれません。

もちろん西郷は掟を守り刀を抜くことはありませんでした。


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まとめ

西郷隆盛が右手右腕を怪我した理由の2つの説を紹介してきました。

怪我をした経緯は全然違いますが、少なくとも右腕を大怪我したことは間違いないようですね。

その後の人生で西郷隆盛は右腕に後遺症が残り、不自由であった事が記録されております。

得意の剣術などが出来ず、ハンデのある中で幕末を戦ってきたのは凄い事ですね。

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