花子とアンのあらすじを簡単にすべて紹介!どんな話かすぐわかる

未だに根強いファンがいる2014年度上半期に放送されたNHK連続テレビ小説『花子とアン』。

初回から最終回までの平均視聴率が22.6%を記録し、他の大ヒット作品である『あまちゃん』(20.6%)や『梅ちゃん先生』(20.7%)、『ごちそうさん』(22.4%)を超えて朝ドラでは過去10年で最高の記録となりましたね。

しかしながら、大ヒット作『花子とアンで』の内容を知らない人や時間がなくてテレビなんて見れなかったけど、あらすじを簡単でもいいから知りたいと思っている人も多いのではないでしょうか?

そこで、この記事では『花子とアン』のあらすじを簡単に紹介しております。

これを読めば『花子とアン』の作品内容(ネタバレも含む)が分かるようにまとめています。


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『花子とアン』のあらすじ超簡単まとめ

では、早速『花子とアン』のあらすじを紹介していきます。

まずは、超ダイジェスト版として、抜粋した内容が下記にとなります。

1945年(昭和20年)4月の東京大空襲の最中、本作の主人公・村岡花子は「命より大事」な翻訳途中の 『Anne of Green Gables』 の原書を懐に抱え、子供たちを連れて戦争の火の中を逃げまどっていた。52歳の花子が命がけで守り抜いたこの原書は、後年『赤毛のアン』の題名で翻訳出版され、日本中で人気を博することになる。

『花子とアン』は、花子の生い立ちを描いており、作家・翻訳家としての生き様を描くと同時に、様々な苦難を乗り越えて、今では日本で大人気の小説である『赤毛のアン』を翻訳し、世に送り出した感動ストーリーを描いています。

赤毛のアン』は世界中で翻訳され、小説・漫画・DVDなど様々な形で未だに多くの人に愛読されている有名作品ですね。

それでは、もう少し詳しく内容を知りたい方の為に、『花子とアン』の内容を3つの時間軸に分けて少しだけ簡単に、あらすじを紹介していきますね。


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明治期(子供時代~女学校に入学し、出版社に就職するまで)

山梨県の甲府に生まれた花の家は小作農家で、貧しく、家の手伝いの為に、学校に通えませんでした。

そんな中、1900年(明治33年)7歳の時に父親の吉平からもらった絵本に興味を持ち、父に薦められて尋常小学校に通い始めます。

様々な事を学ぶ中で、花の頭の良さに目をとめた父の吉平は、花を東京の修名女学校へ編入させようと決めました。

でも、家族と周りの人達に反対されて、結局諦めてしまいました。

しかし、3年の月日が経っても花の本への愛情は消えることなく、結局は母親のふじと祖父の修造からの許可がおりて、女学校へ転校することになります。

女学校へ転校した当初は見慣れない環境と苦手な英語が原因でホームシックになってしまいます。また、テストの時に不正を行い、担任の外国人教師と仲たがいをするなどの問題を起こしてしまうのです。

しかし、女学校の校長からの助言をきっかけに、英語の勉強を一生懸命に行う事を決意します。

その結果、自分が話す英語で外交人教師に謝罪し、仲直りができたその喜びから英語の勉強をより一層頑張るようになります。

進級した5年後には、英語の成績はクラスで一番になるぐらいの実力を身に着けました。

さらに、通訳や英文の翻訳ができるほどの実力を身に着け、花の英語力を認めた教師たちからは、出版社のアルバイトを紹介されたり、英語教師への推薦話をくれたり、卒業式では恩人の校長の通訳をするなど、英語面で大きな活躍をします。

女学校での交友関係はというと、女学校で出会い、友人としてずっと花の味方をしてくれる醍醐亜矢や最初は仲が悪かったが、大文学会の演劇などを通して「腹心の友」となった葉山蓮子と一緒に学生時代を楽しんでいました。

その後、蓮子は家の事情によって福岡の実業家である嘉納伝助と結婚することが決まります。花はその結婚に反対しましたが、意見の違いで蓮子と仲違いをしてしまい、そのまま蓮子は女学校を去ってしまいます。

しかし、伝助には愛人の子・冬子がおり、蓮子を煙たがる女中らとの関係も悪く、蓮子は嫁入り先の嘉納家で孤立してしまいます。

一方で、女学校を卒業した花は東京の出版会社への就職を希望していたが、家庭の事情から諦めて、故郷の小学校の代用教員となります。

最初は失敗が多かったが、試行錯誤しながら生徒を教えていくなかで、ある生徒の為に作った童話である『みみずの女王』が、なんと、児童文学賞を受賞することになります。

その後は教職を続け、4年の月日が流れました。

そんなある日、突然、歌集を出版したと蓮子から連絡が来ます。その驚きと蓮子の頑張りに感化され、花は再び筆をとることになります。

第二作となる『たんぽぽの日』は、女学校時代のアルバイト先の編集長である梶原総一郎の目にとまり、出版が決まりました。それと同時に梶原が創業する出版社への誘いを受けることになります。花は悩みましたが、本を作りたいという強い気持ちから出版社への就職を決めて、東京に向かうのです。


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大正期(仕事・恋愛・結婚・出産・死別を経験し、成長する)

出版会社の「聡文堂」に転職した花は、編集者の生活の忙しさ・厳しさに直面し、落ち込んでしまいます。そんな中、アルバイト時に知り合った印刷屋の村岡英治と偶然再会することになります。英治の計らいによって英文の童話を手に入れた花は、編集者の仕事と同じぐらいの熱い気持ちで翻訳に取り組むことになります。

その結果、花が翻訳した「王子と乞食」という童話は、創刊する児童文学雑誌に連載されることになります。

その後、10年ぶりに再会した蓮子から指摘を受けて、花は、英語に真剣に取り組む自分を応援し続けてくれていた英治に恋をしていることに気付いて、彼に告白します。

しかし彼は既に結婚していたことを知ります。花は、この恋は実らないと解りながらも彼の事を忘れることが出来ませんでした。次第に仕事にも影響をもたらし始めたので、一旦帰省することに。帰省後、母親からの励ましや夢に現れた祖父に叱られるなどの体験をし、英治への恋心を忘れることにしました。

そんな中、妻と死別した英治は、花の幼馴染みである木場朝市から「花と結婚してほしい」という依頼や妻の遺言をきっかけに花との再婚を決意することになります。

花の両親を説得し、英治の父の反対を押し切り、二人は花の故郷で結婚式を挙げます。神前での誓いで、花は「花子」と名乗ることに決めました。

二人の結婚から1年半後には、長男・歩が誕生しました。

その頃、蓮子はどうしていたかと言うと、夫と価値観が合わず、失望した生活を送っている中で、偶然にも上京してきた社会主義の学生である宮本龍一と出会い、恋に落ちてしまいます。

伝助の存在や身分の格差などでお互い傷つきながらも、密かに付き合いっていた二人は、花子の出産後に駆け落ちをしてしまいます。

蓮子は伝助に絶縁状を送りましたが、伝助はそれに対して反論文を書きます。しかも、災難が重なり、二人の絶縁状と反論文が新聞に掲載されてしまい、世間を賑わすことになります。

心配した花子は彼女たちの逃亡を支援することに決めますが、結局は蓮子が龍一の子どもを妊娠している事を伝助が知ると、身を引き離婚が成立しました。

しかし、蓮子の兄である葉山晶貴がそのことに対して怒りが収まらず、蓮子を実家に連れ戻してしまい、監禁してしまいます。蓮子は監禁生活の中で、男児である純平を出産することになりました。

さて、花子はというと、自信が翻訳した『王子と乞食』が単行本として出版されることに決定し、また、英治は父親から社長就任をお願いされるなど、幸せいっぱいの生活を送っておりました。

しかし、関東大震災が発生し、震災で英治の弟である村岡郁弥が死に、また、多くの物を失う事になります。花子は英治と協力し、自社の復興と『王子と乞食』の出版を目指して前向きに再スタートさせます。

やがて、女学校時代の仲間や伝助達の協力があり、花子と英治は印刷会社を設立し、『王子と乞食』を無事出版することに成功します。

震災が理由で、蓮子は実家からの監禁生活が終わり、姑と同居する形で親子そろっての生活を始めることになります。龍一は家族の為に親米弁護士として働くようになり、その後、蓮子と龍一の間に女児である富士子が誕生します。

花子は仕事・家事・子育てと非常に多忙でしたが、平穏な日を過ごしておりました。しかし、息子の歩が疫痢にかかって、5歳で死んでしまいます。

花子は仕事を優先したことを自責するが、生前の歩の言葉や英治・蓮子の励ましにより元気を取り戻し、日本中の子供の為に、素晴らしい物語を届ける事を誓うのでした。


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昭和期(戦中の中、翻訳を続け、『赤毛のアン』の出版に成功)

数年が経ち、花子と英治は雑誌である『家庭』を創刊しました。

同じ年に、蓮子の勧めで、花子はNHKのラジオ番組『こどもの新聞』の語り手の仕事を引き受けます。ラジオは子供に大人気となりました。

しかしながら、今は戦争の時代で戦いが激しくなると、ラジオで読む原稿も軍事色が強まってきます。

花子は養女である美里はもちろんのこと、日本の子供たち全員に夢を伝えたいと考え、原稿を選びや推敲に試行錯誤をしました。

一方で、龍一が戦争への反対行為を起こし、逮捕されて家族が非難を受けるようになりました。蓮子は龍一と同じく軍事国家と戦う決意をしますが、反対する花子と喧嘩となり、決別してしまいます。

同じ頃に、花子は帰国を決心した恩師の一人であるスコット先生から友情の記念として一冊の洋書『Anne of Green Gables』をもらいます。

1941年12月には太平洋戦争開戦と同時に、ラジオ局も戦争関連のニュースを伝えることが中心となりました。

花子は子供たちへ夢を伝えられなくなり、9年間務めた番組をやめることを決意します。

昔から外国の文化に興味を持っていることから、村岡家は非難を受けるようになり、持っている洋書類を隠さないといけない状況に陥りますが、花子は『Anne of Green Gables』だけは手元に置いて、翻訳を命がけで続けることになります。

しばらくたち、太平洋戦争が終わりました。

荻原の紹介で、花子のもとに翻訳作品の原稿依頼が来ます。花子は戦争の間に書き溜めた翻訳原稿を入稿しましたが、その時点では『Anne of Green Gables』は作者が著名でないために出版社側から没とされてしまいます。

それと同じ頃に、NHKの職員である黒澤から花子に出演の依頼が入ります。

しかし、純平の戦死の原因が花子のラジオでの発言であると蓮子から攻められたこともあったので、花子は当然出演に躊躇しましたが、両親や他の仲間達が花子のラジオ復帰を待つ人が多くいることを知り、依頼を受けて、ラジオで語りだすことを再開しました。

その後、花子は出版会社に『Anne of Green Gables』の翻訳原稿を持ち込み、紹介して回るが、採用されることがなく、6年もの歳月が過ぎていきました。

自宅で図書館を経営しながら、翻訳活動を続けていた花子のもとに、主パン会社から女性向けの翻訳作品の原稿依頼が来ました。

花子は再び『Anne of Green Gables』を提案し、社長に作品を見直され、ようやく出版が決定しました。

タイトルは若者向けとして『赤毛のアン』とつけられ、発行された書籍はすぐにベストセラーとなりました。

『赤毛のアン』出版記念式典の当日、数年前に英治がもってきた同作の続編である『Anne of Avonlea』(アンの青春)の出版も決まりました。

式典で壇上に上がる直前にも関わらず、続編の原書を夢中になって読んでいる花子は、式典での挨拶が終わった後に、すぐに自宅に帰り、早速翻訳を始めました。

このようにして、花子が命がけで翻訳し世に送り出した『赤毛のアン』は平成の今でも多くの子供たちに読まれ続けていくことになります。

まとめ

以上が花子とアンのあらすじを簡単にまとめたものになります。既にDVD化されていますので、ぜひご覧になってください。


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赤毛のアン作品はこちらです。ベストセラーとなっております。

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